「馬耳東風(ばじとうふう)」の意味や「馬の耳に念仏」など類義語との違いを詳説!

「馬耳東風」の要点

  • 意味:「他人の意見や批評を聞き流す」
  • 由来:「中国唐の時代の詩人「李白」が書いた『答王十二寒夜独有懐』という詩」
  • 例文:「彼はどんな意見も聞き入れない、馬耳東風だ。」
  • 類語:「犬に論語」「柳に風」「糠に釘」
  • 英語:「talking to a wall」
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馬耳東風(ばじとうふう)の意味は「他人の意見や批評を聞き流すこと」

馬耳東風

馬耳東風(画像:Unsplash

「馬耳東風」という言葉は聞いた事がある方はたくさんいると思いますが、正しい意味を理解できているでしょうか。 まずは読み方ですが「ばじとうふう」と読みます。「馬耳東風」とは「他人の意見や批評を聞き流す」という意味です。 読み方については日常的によく使われる漢字の音読みを合わせれば簡単に読むことが出来ます。一方で意味については、使われている漢字からは意味がイメージできないので、意味の由来になっている故事を知る必要があります。

 

馬耳東風の由来は中国の詩人、李白の詩

馬耳東風の由来

馬耳東風の由来(画像:Unsplash

先述の通り「馬耳東風」の意味は、意味の由来になっている故事を知らなければわかりません。 「馬耳東風」の由来は、中国等の時代の詩人「李白」が書いた『答王十二寒夜独有懐』という詩にあります。その詩は「世人聞此皆掉頭、有如東風射馬耳」というものです。 ここで言われている「馬耳」とは「馬の耳」のことで、「東風」とは「東から吹く温かい春風」という意味です。馬は自分の耳を温かい春風が吹いても全く意に介さないことからのアナロジーで「何を言われても聞き入れない」ということが意味されるようになりました。

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馬耳東風の使い方と例文

馬耳東風の使い方と例文

馬耳東風の使い方と例文(画像:Unsplash

「馬耳東風」は「他人の意見や批評を聞き流すこと」という意味でしたが、李白が書いた詩からの内容を思い出せばこの意味を忘れづらくなります。 次は上記の意味を踏まえて、2つの例文をを読んでみましょう。例文の意味が通るか確認しながら読み進めてみてください。

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「馬耳東風だ」

1つ目の例文では、「馬耳東風だ」という表現を使った例文を紹介します。これは最も基本的な使い方になります。

例文

  • 彼はどんな意見も聞き入れない、馬耳東風だ。

「馬耳東風だ」といった場合は「他人の意見や批評を聞き流している」という意味で、「馬耳東風」の意味が理解できていれば、そのままの意味で使うことが出来ます。 例文では、周りの意見を全く聞き入れず頑固に自分のやり方を押し通す様子を「馬耳東風だ」と言っています。

「馬耳東風に聞き流す」

2つ目の例文では、「馬耳東風に聞き流す」という表現を使った例文を紹介します。表現は少し長くなりますが、基本的な「馬耳東風」の意味が理解できれば簡単に使えます。

例文

  • 彼女の奇抜な方法に反対する意見も多かったが、馬耳東風に聞き流していた。

「馬耳東風に聞き流す」といった場合も元の「他人の意見や批評を聞き流している」という意味と変わりません。「馬耳東風」の意味に「聞き流す」を付け加えて「意に介さない」という意味を強調しているだけです。 例文は、周囲の反対意見を気にしていないという意味です。

 

馬耳東風と馬の耳に念仏の違いは「対象が自分か相手か」

馬耳東風と馬の耳に念仏の違い

馬耳東風と馬の耳に念仏の違い(画像:Unsplash

「馬耳東風」とよく意味が混同される日本語表現に「馬の耳に念仏」があります。両者の違いは「対象が自分か相手か」です。 「馬の耳に念仏」の意味は「どんなに意見やアドバイスをしても無駄だ」という意味です。つまり「ある人に対して意見しても無駄」という意味なので、相手の状況を描写した言葉になっています。 一方で「馬耳東風」は「他人の意見や批評を聞き流すこと」という意味なので、基本的には「自分自身の状況」を描写しています。 「自分自身のこと」か「意見をした相手のこと」かの区別をして使いましょう。

馬耳東風に似た表現と意味の違い

馬耳東風に似た表現

馬耳東風に似た表現(画像:Unsplash

前の見出しで「馬の耳に念仏」という類似表現を紹介しましたが、その他にも「馬耳東風」に似ている表現がいくつかあります。 ここでは3つの表現を紹介しますが、それぞれの表現が「馬耳東風」とどの点が似ていて、どの点で意味が異なるかを確認しながら読み進めてみてください。